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東京地方裁判所 平成8年(ワ)10003号 判決 2000年7月13日

原告

山崎稔子

原告

加勢ナナ子

右両名訴訟代理人弁護士

松井繁明

今野久子

滝沢香

上条貞夫

瀬野俊之

被告

株式会社アール・エフ・ラジオ日本

右代表者代表取締役

升森長

右訴訟代理人弁護士

竹内桃太郎

吉益信治

木下潮音

浅井隆

主文

一  原告らの被告に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告山崎稔子については平成九年一二月一九日まで、原告加勢ナナ子については平成一〇年二月一二日まで、それぞれ被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告山崎稔子に対し、三三五三万二〇四〇円及びこれに対する別紙<略>請求債権目録1の請求金額欄記載の各金額ごとにこれに対応する同目録支給日欄記載の各日の翌日から支払済みまで各年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告加勢ナナ子に対し、三二八二万八五八〇円及びこれに対する別紙請求債権目録2の請求金額欄記載の各金額ごとにこれに対応する同目録支給日欄記載の各日の翌日から支払済みまで各年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告に雇用された原告らが、被告の五五歳定年制により五五歳到達時に雇用関係が終了したものとされたが、右五五歳定年制は公序良俗に違反する違法・無効なものであるから、原告らは六〇歳に達するまで被告に対し労働契約上の権利を有する地位にある旨主張して、被告に対し、原告らが六〇歳に達するまでの労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに六〇歳到達時までの賃金及び一時金の支払を求めるとともに、被告が原告らに対し五五歳定年制を適用して雇用関係が終了したものとしたことは不法行為にも該当する旨主張して、民法七〇九条に基づき、右賃金及び一時金の合計額と同額の損害賠償を求めたものである。

二  前提となる事実(以下の各事実は、当事者間に争いがないか又は弁論の全趣旨により認められるものである。)

1(一)  被告は、昭和三三年一二月二五日開局したラジオ放送事業を主な目的とする資本金五億円の株式会社であり、昭和五六年八月旧商号「株式会社ラジオ関東」から現商号に変更した。被告は、電波出力五〇キロワット、周波数一四二二キロヘルツのいわゆる中波(AM)ラジオ単営局として、関東地域一円を聴取エリアとしている。被告の本社は横浜市に所在するが、主な業務は東京都港区内の東京支社で行っている。

(二)  原告山崎稔子(以下「原告山崎」という。)は昭和三五年、原告加勢ナナ子(以下「原告加勢」という。)は、昭和三六年、それぞれ被告と期限の定めのない雇用契約を締結することにより、以後継続して被告に勤務した。

(三)  昭和三五年九月五日、被告の一部の従業員が、ラジオ日本労働組合(以下「ラジオ日本労組」という。)を結成した。ラジオ日本労組は、上部団体である民放労連関東地方連合会に加盟し、さらに全国連合団体の日本民間放送労働組合連合会(以下「民放労連」という。)に加盟している。原告らは、いずれもラジオ日本労組の組合員である。

2(一)  平成四年ないし平成五年当時、被告の就業規則には、次のとおりの定めがあった。

「第11章 退職及び解雇

(退職)

第六六条 社員が次の各号に該当するに至ったときは、退職とする。

(1) 死亡したとき

(2) 自己の都合により退職を願い出て受理されたとき

(3) 停年に達したとき

ただし、会社が必要と認めたときは、嘱託として再採用することがある。

(解雇)

第六七条 社員が次の一に該当するに至ったときは、解雇することがある。

(1) 休職期間が満了したとき

(2) 仕事の能力が、はなはだしく劣るとき

(3) 精神又は身体障害により業務を耐えられないと認めたとき

(4) 行状又は勤務成績が社員として勤務させるのに適当でないと認められるとき

(5) はなはだしく職務に怠慢なとき

(6) 会社業務の運営を妨げ、又は著しく協力しないとき

(7) 職制の改正、経営の簡素化、事業の縮小及び廃止により剰員となったとき

(8) 前各号のほか、経営上やむを得ない必要のあったとき

(9) 第五九条に定める制裁解雇の基準に該当したとき

2 前項第9号を除く解雇は、三〇日前に解雇の予告をするか、又は予告期間に代えて平均賃金の三〇日分に相当する額を支給する。

(解雇制限)

第六八条 業務上の傷病により療養のため休業する期間及びその後の三〇日間並びに産前産後の女子が第一八条第4号の規定により休業する期間及びその後の三〇日間は前条の規定にかかわらず解雇しない。

2 前項前段の期間内において解雇を適当と認められるときは労働基準法第八一条に定める打切補償を支給し解雇することがある。

(停年)

第六九条 停年退職は、満五五歳とする。

ただし、会社が特に必要と認めたものに限り停年を延長することがある。

2 前項の停年退職には、三〇日前に退職の予告をする。」

(二)  被告は、就業規則六九条一項の停年退職は満五五歳とする旨の定め(以下「本件五五歳定年制」という。)について、平成六年四月一日から五七歳に、平成七年四月一日から六〇歳に、それぞれ定年年齢を引き上げる改正をした。

3(一)  原告山崎は昭和一二年一二月一九日生であるが、五五歳に達する日の一か月前に被告から定年退職の通知を受け、五五歳に達した平成四年一二月一九日被告から退職したものとされた。

(二)  原告加勢は昭和一三年二月一二日生であるが、五五歳に達する日の一か月前に被告から定年退職の通知を受け、五五歳に達した平成五年二月一二日被告から退職したものとされた。

(三)  原告山崎は平成九年一二月一九日、原告加勢は平成一〇年二月一二日、それぞれ六〇歳に達した。

三  争点

1  労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る訴えの利益の有無

2  本件五五歳定年制と解雇との関係

3  本件五五歳定年制の適法性の有無

4  原告らの賃金等請求権の存否

5  原告らの損害賠償請求権の存否

四  争点に関する当事者の主張

(原告ら)

1 労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る訴えの利益の有無について

後記のとおり、本件五五歳定年制は違法・無効であるから、原告らは、被告に対し、それぞれ六〇歳に達する日(原告山崎につき平成九年一二月一九日、原告加勢につき平成一〇年二月一二日)まで労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を請求する。

原告らは、本件口頭弁論終結時において既に六〇歳に達しており、六〇歳までの労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は過去の法律上の地位の確認を求めるものであるが、原告らに対する厚生年金支給額は保険加入期間とその間の給与額を基礎として算出され、加入期間の長短と給与額の高低が厚生年金額に影響するから、五五歳以降六〇歳到達時まで労働契約上の権利を有する地位にあることが確認されなければ、原告らが五五歳で退職したものとして厚生年金支給額を定められ、六〇歳まで雇用が継続した場合と比較して低額の年金支給にとどまる不利益を被ることになる。この不利益は死亡に至るまで続くもので、過去の賃金及び一時金相当額の金員の支払によっては補填されない不利益であるから、原告らは過去の労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えの利益を有する。

2 本件五五歳定年制と解雇との関係について

本件五五歳定年制は、法的には、定年を理由とする労働契約の解除すなわち解雇にほかならない。要するに、本件五五歳定年制は、個々の労働者の労働能力や意欲に関係なく、一律に、五五歳の定年年齢に達した労働者の雇用関係を終了させるものであるから、合理的な理由のない解雇に該当する。

3 本件五五歳定年制の適法性の有無について

(一) 憲法二七条一項は、国民に勤労(労働)の権利を保障し、憲法一四条一項は、国民の法の下の平等を定めている。人間は労働によって生活を維持し、かつ人格を発展させるものであり、勤労の権利は人間の尊厳を守るための奪うことのできない基本的人権であって、高齢化社会を迎えた我が国において、個々の労働者の労働能力や意欲に関係なく一律五五歳定年制を適用し、五五歳に達したことを理由として雇用関係を終了させることは右の権利を奪うことにほかならず、また、合理性を欠く年齢による差別に当たるから、憲法の右各条項に違反し、無効である。

(二) 高齢化社会に進展した我が国において、雇用慣行の長所を生かしながら、高齢者の雇用を確保し、その経験や能力を活用していくことにより活力ある社会を維持していくことは、事業主に課せられた重要な社会的要請であり、六〇歳定年制は事業主の負う基本的な社会的責務というべきである。このような社会的責務は、事業主の経営、雇用管理上の条件整備を労働者の協力も得て進めることにより達成することが可能となるのであるから、産業社会においてこれが普及して普遍化した段階にあっては、特段の事情のない限り、右社会的責務を履行せずにこれを達成しないことは社会通念上違法・無効である。

右責務に関し、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という。)は、昭和六一年一〇月改正の四条において、事業主に対し、定年年齢が六〇歳を下回らないよう定めるべき努力義務を定め、四条の二第一項において労働大臣が、六〇歳を下回る定年を定めている事業主で、六〇歳を下回る定年を定めることについて特段の事情がないものと認めるものに対し、定年を六〇歳以上に引き上げるように要請することができる旨を定めている。同法施行令一条は、右「特段の事情」について、「労働大臣の定める一定の期間において、連続して経常損益の計算上損失を生じており、かつ新たに労働者を雇い入れていないことその他その事業活動に著しい支障が生じていることにより定年を六〇歳以上に引き上げることが困難であると認められること」との基準を定めたが、被告には六〇歳定年制の実施を困難にする右「特段の事情」が存在していなかったものである。以上のように、高年齢者雇用安定法は、急速に進行する我が国の高齢化に対応し、事業主に対して六〇歳定年制の実現そのものを義務づけるに近い高度な努力義務を課するに至った。さらに、被告は、放送法に基づく郵政大臣の免許を受けて事業を行う民間放送企業であるから、六〇歳定年制の実施につき、一般企業より高度の社会的責務を負っていたものである。

被告は、このような六〇歳定年制を実現すべき高度の社会的責務に反し、原告らが本件五五歳定年制により退職扱いとされた平成四年一二月ないし平成五年二月当時(以下「原告らの五五歳到達時」という。)ころ、五五歳到達者を多数輩出していたにもかかわらず、高年齢者雇用安定法の趣旨に違反し、平成六年三月まで段階的措置を含む一切の定年延長措置を講じなかったものであるから、その社会的責務を放棄した違法性は顕著であって、次の(三)ないし(八)の事情に照らすと本件五五歳定年制は、公序良俗に反する違法・無効なものであり、したがって、原告らに対する本件五五歳定年制の適用は無効である。

(三) 本件五五歳定年制の公序良俗違反の判断に当たっては、原告らの五五歳到達時に六〇歳定年制がどの程度普及していたかということのみならず、これと併せて、同時点の放送業界における五五歳以下定年制がどれだけわずかな割合であったか、五五歳定年制から五九歳定年制までの各年齢ごとの定年制の実施状況及びその理由がどうであったかが問題とされるべきである。なぜなら、六〇歳定年制を採用していない企業であっても、五六歳定年制を実施している場合であれば、在籍する五五歳到達者は解雇されず、さらに、この者が五六歳に到達したときに五七歳定年制に、五七歳到達時に五八歳定年制にというように段階的に定年を延長していけば、その者は六〇歳定年制が実施されていなくとも解雇されず、雇用は継続することになるからである。

(四) 労働省の雇用管理調査によれば、定年制を定める企業のうち、調査産業合計で、平成四年一二月時点では、五六歳以上定年制が八八・三パーセント、六〇歳以上定年制が七六・六パーセントであり、平成五年一二月時点では、五六歳以上定年制が八九・七パーセント、六〇歳以上定年制が八〇・〇パーセント、平成六年一二月時点では、五六歳以上定年制が九一・九パーセント、六〇歳定年制が八四・一パーセントであって、全国的に見て、これらいずれの時点でも、五六歳以上定年制が圧倒的多数を占めており、一律五五歳定年制が公序良俗違反であることは明白であった。

また、本件五五歳定年制が無効であるとして被告に対し雇用関係存続確認等請求事件(第一審・東京地裁平成二年(ワ)第七六二三号、控訴審・東京高裁平成六年(ネ)第四〇七六号。以下「天野事件」という)を提起していた被告の元従業員天野八重子が五五歳に達した平成二年二月当時、定年制を定める企業のうち、五五歳以下定年制は約一九・八パーセントあったが、原告山崎が五五歳に達した平成四年当時、五五歳以下定年制は一一・七パーセントとなって、二年間で約八パーセントも減少している。このことからしても、原告らの五五歳到達時点で、社会的には六〇歳定年制の完全定着という政府の方針の下で急速に五五歳以下定年制を採る企業が減少していたものであり、六〇歳定年制が公序として認識されていたことは明らかである。

(五)(1) 原告らの五五歳到達時において、本件五五歳定年制が公序良俗に違反するものであったことは、以下の民放労連の調査結果によっても明らかである。

ア 平成四年一二月当時、民放労連には全国民間放送七九社の労働組合が加盟していた。このうち、六〇歳未満定年制を採っていた会社は一七社(二一・五パーセント)であるが、五五歳定年制を採っていた会社は被告を含めて五社(テレビ信州、テレビ熊本、奈良テレビ、青森テレビ、被告。希望者全員を六〇歳まで嘱託再雇用していた北日本放送を除く。)で、民放労連加盟組合の放送会社中、約六パーセントに過ぎない。

右五社の中でも一社(昭和五五年四月開局のテレビ信州)には五五歳該当者がおらず、残りの各会社も何らかの定年延長のための措置が存在ないし準備されていた。しかも、被告を除く四社は昭和三三年一二月開局で、平成四年一二月時点で既に開局三四年を迎えていた被告と比較すれば一〇年以上後に開局した放送局ばかりであり、昭和四四年一二月開局の青森テレビでさえ、平成四年一二月には開局時に大卒入社した従業員は四〇歳代半ば程度であって、同月当時、多数の五五歳到達者が輩出していたのは唯一被告のみであった。それにもかかわらず、何らの定年延長のための措置をも講じていなかった被告における本件五五歳定年制の違法性は明白である。

イ 原告らが五六歳に到達した平成五年度では、民放労連加盟組合員を有する会社中、六〇歳未満定年制を採っていた会社は一三社である(約一六パーセント。北日本放送を除く。)。右内訳は、五九歳定年制が六社、五八歳定年制が一社、五六歳定年制が二社(昭和四六年四月開局の千葉テレビと昭和四五年四月開局のエフエム大阪)、五五歳定年制が、テレビ信州、奈良テレビ、青森テレビ及び被告の四社であり、五六歳以下定年制を採っていたのは六社のみであるが、開局年度を考慮すれば被告以外の他社には定年該当者がいなかったか、少なくとも被告ほどには該当者が存在しなかったことは明白である。

ウ 原告らが五七歳に到達した平成六年度では、六〇歳未満定年制を採っていた会社は九社である(約一一パーセント。北日本放送を除く。)。右内訳は、五九歳定年制が二社、五八歳定年制が一社、五六歳定年制が二社(千葉テレビと定年該当者がいなかったエフエム大阪)、五五歳定年制が四社(定年該当者がいなかったテレビ信州、奈良テレビ、青森テレビ及び被告)であり、五七歳以下定年制を採っていたのは六社のみであるが、開局年度を考慮すれは(ママ)被告以外の他社には定年該当者がいなかったか、少なくとも被告ほどには該当者が存在しなかったことは明白である。

(2) 被告も加盟している日本民間放送連盟(以下「民放連」という。)の調査によっても、原告らの五五歳到達時点における五六歳以上定年制及び五六歳到達時点における五七歳以上定年制の各実施状況をそれぞれの時点で見れば、多数の五五歳到達者を輩出していながら平成六年三月まで一切定年延長の措置を講じてこなかった被告の本件五五歳定年制の違法性はより明白になる。

平成四年一二月時点では、民放連の調査に対して回答した一七二社中、五五歳以下定年制を採る会社は二〇社(一一・六パーセント。職種、資格又は役職別定年制を定める瀬戸内海放送の従業員を除く。)に過ぎず、このうち定年到達者がいるにもかかわらず五五歳定年制を維持していた会社はどんなに多く見ても一七二社中七社(四・一パーセント)だけである。

また、実際には五五歳定年制を採る会社のうち一〇社は昭和六〇年以降に開局した局であり、従業員の年齢構成で五五歳到達者を多数輩出していたとは到底考えられず、開局年度が昭和二五年から昭和三四年までの古い会社は、被告の他には北日本放送(昭和二七年七月開局)と九州朝日放送(昭和三四年三月開局)の二社だけであるが、両社とも希望者全員を六一歳又は六〇歳まで再雇用する制度を設け、実質的に六〇歳定年制を実現していた。被告よりも以前に開局した会社中、平成四年一二月の時点で事実上五五歳定年制を維持していた会社はない。

(3) 平成四年一二月時点における定年制の状況を民放業界で働く労働者数で見ると、民放連調査に回答した一七二社のうち衛星放送等三社を除く一六九社の地上波放送局について平成四年版の民放年鑑で発表されている職員数を合計すると三万〇五四六人であるが、五五歳定年制の一六社の職員数は一一一四人であり、その割合は民放業界の労働者数比において、わずかに三・七パーセントに過ぎず、被告の本件五五歳定年制の違法性はより明白である。

(六)(1) 被告は、平成元年以後今日まで、被告は一貫して大幅な経常利益を計上している。原告山崎及び同加勢が五五歳を迎えた平成四年度の被告の決算は、円高不況で売上げが他社同様低下したものの、営業利益は七億四九〇〇万円に達し、民放屈指の高収益であった。被告が高年齢者雇用安定法に定める「特段の事情」がある場合に相当しないことは明白であり、定年延長が被告の人件費を圧迫し経営が困難になるという事情には全くなかった。

(2) これに対し、昭和六一年一一月、被告は、新社屋の建設用地として、横浜市土地開発公社から横浜市中区長者町の六〇〇坪余りの土地を二七億円で購入した。被告の当時の営業収入は四二億円、営業利益は一億四三〇〇万円であり、借入金が既に一三億八九〇〇万円に達していたことからすれば、新社屋建設は明らかに過剰投資であった。一方、被告は、銀行等から莫大な借入れを行ったが、借入金の額は、昭和六〇年が一三億円、昭和六一年が二九億円と増え続け、昭和六三年には長期借入金だけで土地代金をはるかに超える五五億円に達した。

他方、昭和六三年九月、被告の取締役会は、当時の代表取締役会長遠山景久(以下「遠山元会長」という。)が株式の一〇〇パーセントを所有するアメリカのゴルフ場開発会社ファーモント・コーポレーションに対し、被告の子会社であるラジオ日本サービスを経由して、ゴルフ場開発資金として二七億円を融資することを決議したが、二七億円の融資額はいわゆるバブル期における被告の平成元年から平成五年度の総収益の約二分の一に当たる。またこの他にも、遠山元会長に対し被告から多額の貸付があり、遠山元会長に対する被告の貸付金総額は三〇億円を超えていた。

(3) 以上のとおり、被告の経営上の困難の原因は、被告の遠山元会長に対する多額の貸付金にあったが、被告は、右貸付金が回収されていない状態で、かつ、原告らの五五歳到達時からわずか一年四か月ないし一年二か月しか経過していない平成六年四月定年を五七歳に延長したものであるが、これにより被告の経営状況が特に悪化した形跡はないことからすれば、原告らの五五歳到達時の被告の経営状況が定年延長を困難にするものではなかったことは優に推測できるものである。

(七) 原告らの五五歳到達時ころにおいて、被告には五五歳に達する従業員が多数在籍していたにもかかわらず、被告は本件五五年(ママ)歳定年制について、段階的延長の努力すら一切行わなかった。被告には、五五歳到達以降にも退職者を参与として雇用する制度が存在していたが、被告は、右制度を恣意的に運用し、ラジオ日本労組の組合員は実際上参与として雇用しないこととし、また女性従業員については、参与として雇用を継続した例はなく、従業員一般について五五歳以後の雇用を確保する制度は何ら設けられていなかった。このことから見ると、被告が、原告らが所属するラジオ日本労組を嫌悪し、五五歳到達をもって組合員を職場から排除しようという不当労働行為目的及び女性従業員についても一切職場から排除しようという女性差別目的に基づき、本件五五歳定年制を維持してきたものであることは明らかである。

(八) 本件五五歳定年制は個々の労働者の労働能力や意欲に関係なく五五歳に達したことのみをもって労働の権利を奪い、老後のためなどに蓄えをすべき時期にある労働者に生活不安などの著しい不利益を与え、労働者としての誇りや生きがいを奪うものであり、何ら合理的な理由を有しない。

原告山崎及び同加勢は、入社以後、業務経験を積み、各担当業務において力を発揮していたものであり、五五歳到達時においても、強い就労意欲を持ち、ベテランの従業員として十分な能力を有していたにもかかわらず、本件五五歳定年制により、ただ五五歳に達したということだけで従業員としての地位を失わせられた。

原告らの五五歳到達直前の給与額を基礎に一時金を含む年収を算定すれば、原告山崎は六五七万円、原告加勢は六二四万円をそれぞれ超える額となっていたが、原告らが本件五五歳定年制により退職扱いにされたことにより一切の収入の途を絶たれたことに加え、原告らの五五歳到達時以降の被告における従業員の賃金水準の是正及び賃上げ分を考慮すれば、原告らは著しい損害を被ったものである。

さらに、原告らの五五歳到達時ころの有効求人倍率は、五五歳から五九歳の年齢層につき平成四年〇・四一、同五年〇・二七に過ぎず、女性である原告らの再就職は現実には不可能な状態であったから、原告らは年金の支給開始年齢まで退職金を取り崩して生活するしかなく、著しい生活不安を余儀なくされた上、六〇歳まで雇用が継続された場合に比し、原告らの厚生年金支給額は低額となり、かつ原告らが五五歳で退職扱いにされたため健康保険組合員資格を失い医療費負担も増大する等、原告らが本件五五歳定年制によって受けた不利益は重大なものである。

4 原告らの賃金等請求権の存否について

(一) 本件五五歳定年制は違法なものであり、原告らに対するその適用は無効であるから、原告らは被告に対し、次の(1)及び(2)のとおり、五五歳以降六〇歳までの間に支払われるはずであった賃金及び一時金の支払請求権を有している。

なお、原告らそれぞれの五五歳到達時の月例賃金の内訳並びにその後本訴提起時である平成八年五月までの間被告において実施された定期昇給及び一時金の支給状況は別紙請求債権目録1及び2のとおりであり、被告においては、賃金は毎月二五日払い、一時金は遅くとも毎年七月末日及び一二月末日までに支払われている。

(1) 月例賃金

原告らの雇用が継続していれば、原告らの月例賃金額は五五歳到達時の金額にとどまるものではなく、昇給実施後の金額が支給されたはずである。現に、被告は平成五年ないし平成八年については各年四月に在籍していた従業員に対して昇給を実施した。平成五年ないし平成八年の各年四月の月例賃金の昇給については、別紙請求債権目録1及び2の「備考」欄記載の被告の各回答による昇給分の定額並びに臨時昇給分の定額及び定率に基づき、原告らの五五歳到達時点での月例賃金に対して、平成五年四月における昇給実績をあてはめ、以後これによって計算された月例賃金額に基づき、各年について前月までの月例賃金に対する昇給実績を加算したものである。また、平成八年六月以降、原告らの六〇歳到達時までの月例賃金額は、右のとおり計算した平成八年五月時点での月例賃金による。

平成八年六月以降についても、原告らはそれぞれ六〇歳到達時(原告山崎は平成九年一二月、原告加勢は平成一〇年二月)までの間は、少なくとも毎月二五日限り、平成八年五月二五日時点での月例賃金を請求する権利を有する。

(2) 一時金

平成五年七月ないし平成七年一二月までの一時金については、別紙請求債権目録1及び2の「備考」欄記載の被告の各回答による「基本給×月数+定額」をあてはめて算出した金額である。この場合の月例賃金額は、右(1)のとおり原告らの雇用が継続したとすれば実施されていた昇給後の額に基づくものである。

(二) よって、原告山崎は、別紙請求債権目録1の請求金額欄記載のとおり、五五歳到達時の翌月である平成五年一月以降平成八年五月までの月例賃金及び一時金並びに平成八年六月以降平成九年一二月までの月例賃金合計三三五三万二〇四〇円、原告加勢は、別紙請求債権目録2の請求金額欄記載のとおり五五歳到達時の翌月である平成五年三月以降平成八年五月までの月例賃金及び一時金並びに平成八年六月以降平成一〇年二月までの月例賃金合計三二八二万八五八〇円の支払を求めるとともに、原告各自について、各賃金及び一時金の支給日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5 原告らの損害賠償請求権の存否について

被告が本件五五歳定年制を原告らに適用して退職扱いにしたことは、次のとおり不法行為に該当するから、原告らは、被告に対し、4記載の賃金及び一時金合計相当額の不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

(一) 天野事件の控訴審において東京高等裁判所が平成八年八月二六日言い渡した判決において示されたとおり、六〇歳定年制は事業主の負う基本的な社会的責務であり、産業社会においてこれが普及して普遍化した段階にあっては、特段の事情がない限り、右社会的責務を履行せずにこれを達成しないことは社会通念上違法・無効であるところ、原告らの五五歳到達時の段階では、前記のとおり、事業主としての六〇歳定年制を履行できない特段の事情は存しなかったにもかかわらず、その実現を怠り、法的に保護されるべき原告らの六〇歳まで働き続ける権利を侵害した被告は、故意により、違法に原告らの権利を侵害したものといえる。

(二) 他の民間放送会社各社は、六〇歳定年制実現の責務を真しに受け止め、定年延長を行い、五五歳定年制を定めていた他社でも、具体的に定年対象者が出ることになった段階では、定年を段階的に延長して対象者の雇用を継続し救済する努力をしていたものであるのに対し、被告は、雇用安定のための六〇歳定年制の実現を軽視し、遠山元会長のゴルフ場経営のような本務ではない業務に対し二七億円という巨額な貸付を行い、遠山元会長退任後に定年延長を段階的に実施した際にも、平成六年四月の五七歳引上げ当時、原告らは五六歳で、既にその雇用が労使間での交渉事項となっていたのであるから、原告らに対し引上げ後の定年年齢を遡って適用することは十分可能であったにもかかわらず、五五歳以上五七歳末(ママ)到達者に遡及して適用する旨の経過措置を設けるなどの措置を採らなかったことは、原告らを意図的に排除した悪質な違法行為である。

(三) 原告らが本件五五歳定年制により被った損害は、働く喜びや生き甲斐等を侵害された精神的損害も含めて甚大であり、原告らが五五歳以降六〇歳までに支払を受けるべきであった賃金及び一時金合計額相当額を下回るものではなく、原告らは、被告の前記不法行為により受けた損害の一部として、原告山崎について別紙請求債権目録1の請求金額欄記載の合計額三三五三万二〇四〇相(ママ)当の、原告加勢について同目録2の請求金額欄記載の合計額三二八二万八五八〇円相当の、各賠償を求める。

(被告)

1 労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る訴えの利益の有無について

原告らは、本件五五歳定年制による退職時から六〇歳到達時までの賃金及び一時金相当額の金員の支払請求のほか、原告らが被告に対しそれぞれ六〇歳到達時まで労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を請求するが、右の地位確認請求は、過去の法律関係の確認を求めるものであり、過去の法律関係の有効な存在を主張するのであれば、その法律関係により得られる法律効果の給付、すなわち、右の賃金及び一時金相当額の金員の支払を請求すれば十分であり、右確認請求に訴えの利益はない。

2 本件五五歳定年制と解雇との関係について

原告らは、被告が本件五五歳定年制を原告らに適用し五五歳到達日をもって定年退職とする処置を採ったことをもって解雇である旨主張する。

しかしながら、被告における定年退職制度は、定年年齢の到達により、当然に雇用契約を終了させる制度であり、被告が従業員に定年退職の扱いをすることは、解雇権濫用の法理の問題ではなく、雇用契約終了事由の一つとしての定年退職制度は合理性を有するものである。

3 本件五五歳定年制の適法性の有無について

(一) 我が国における急激な人口高齢化の進展に伴い、昭和六一年一〇月高年齢者雇用安定法が施行され、六〇歳定年への努力義務等が定められ、さらに平成二年の同法改正に基づき、政府は、高年齢者等職業安定対策基本方針を定め、平成五年までに六〇歳定年の完全定着を図ることとし、そのために高年齢者雇用安定法に定められた行政措置を講ずることにより、六〇歳定年未達成の企業に対する指導を強力に実施することにした。

しかし、他方で、平成四年当時において、定年制を定める企業のうちで、五五歳以下定年制も少なくなく、一一・七パーセント存在していた。放送業界においても、同年一二月当時、六〇歳定年制は七割を超えていたものの、被告と同じく五五歳定年制を採る企業も、なお、一割以上存在していた。

このような定年制をめぐる国の立法上及び行政上の施策に関する事実関係からすれば、原告らの五五歳到達時である平成四年一二月ないし平成五年二月時点で、高年齢者雇用安定法は、六〇歳未満定年制が存在し、それが有効であることを前提とした上で、六〇歳定年制の実施を各事業主の自主的努力に委ねていたといえるのであり、六〇歳未満定年制がすべて違法無効となるがごとき原告らの主張は、右のような高年齢者雇用安定法の趣旨を没却するもので失当といえ、また、当時の一般企業及び放送業界の定年制の実態に照らすと、当時はいまだ五五歳定年制から六〇歳定年制への移行段階にあったということができ、本件五五歳定年制をもって、原告ら主張の憲法の各条項や公序良俗に違反しているということはできない。

(二)(1) 被告は、昭和六〇年四月一日から昭和六三年三月三一日までの各決算期において連続して繰越損失を計上した。これに加え、被告は、有力な競争相手として横浜エフエムが開局したことに危機感を抱き、人員削減を中心とする経営再建策を推し進めることとし、昭和六一年六月から同六二年三月までの間において、三回にわたって退職金の優遇条件を定めた希望退職者の募集を行い、また被告の関連会社であるアール・エフ・ラジオ日本音楽出版、アール・エフ・ラジオ日本サービス及びラジオ日本制作への転籍希望者の募集も三回実施した。これにより、被告の従業員数は、昭和六一年三月一六〇人であったのが、平成四年三月四五名に減少した。

なお、被告では、昭和五九年以降は、自己都合退職したスポーツ・アナウンサーの補充として昭和六一年一名を新規採用したのみであった。

被告は、右人員削減策及び番組制作・イベント開催等の子会社への外注化等の経営努力により、昭和六二年以降景気が回復したこともあり、第四二期決算期(昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日まで)に、ようやく繰越損失を解消することができた。

(2) 公共職業安定所長は、昭和六二年一月二〇日以降、被告に対し高年齢者雇用安定法四条の二に基づく定年の引上げ要請を行い、平成二年一一月二二日、同年末までに高年齢者雇用安定法四条の三に基づく定年引上げ計画の作成命令を発する旨通知したが、その後右計画作成命令は発せられなかった。これは、被告が前記人員削減を中心とする経営再建策を講じ、平成元年三月ころに、ようやく繰越損失を解消できた状態であったことから、被告が昭和六三年四月四日提出した「定年の引上げに関する報告書」及び平成三年一月三一日提出した「定年延長取組み状況報告書」に記載した定年延長を実施することができない理由につき、理解が得られたからである。

(3) 被告の合理化、再建の努力と合わせて、昭和六三年から平成二年ころまでのいわゆるバブル景気による広告収入の伸びもあいまって被告の経営は危機的な状況を脱し、第四三期決算期(平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで)ないし第四五期決算期(平成三年四月一日から平成四年三月三一日まで)の三期にわたって営業収益が伸び、経常利益を計上したが、平成三年以降のバブル経済崩壊後の不況の長期化により、従前の好景気の時期に比べて企業側の広告費が厳しく削減され、第四六期決算期(平成四年四月一日から平成五年三月三一日まで)には、営業収益の前期比減収額七億四〇〇〇万円(約一四パーセント)という創業以来の大幅な落ち込みとなった。このように、もともと構造不況であった中波ラジオ業界は、バブル経済崩壊の影響を直接に受け、その中波ラジオ社の中でも多局化による競争の激烈な首都圏に立地し、しかも、民放中波局四局中放送出力が他の三局に比べて二分の一の五〇キロワットという不利な条件も加わって経営基盤が弱かった被告においては、このような急激な営業収益の落ち込みの状況下にあっては、人件費の大幅増加となる六〇歳への定年延長を実施することは不可能であった。

(4) 被告は、平成五年一二月二一日開催した取締役会で遠山元会長を代表取締役会長から解任して、非常勤取締役とし、遠山元会長夫妻名義の被告会社株式三〇万一一五〇株の日本テレビグループ会社への株式譲渡を承認した。これにより、日本テレビグループが被告の発行済株式総数の三一・一二パーセントに当たる合計三一万一一五〇株を保有する最大の株主となり、被告は日本テレビグループ系列の会社となった。さらに、平成六年六月二九日、第四七回株主総会が開催され、被告の取締役最高顧問に氏家齊一郎日本テレビ放送網株式会社(以下「日本テレビ」という。)代表取締役社長が、被告会社代表取締役社長に外山四郎日本テレビ取締役がそれぞれ選任され、役員人事の面でも日本テレビグループとの関係は強固になった。

被告は、日本テレビグループとの関係強化により、より積極的に放送事業に取り組むこととし、同年三月から従業員の新規雇用を活発に行うとともに、日本テレビ及び読売新聞社からの出向者の受入れを開始した。被告が、同月以降採用した従業員は即戦力となる経験者の中途採用が中心であるが、採用者の年齢は役員待遇者又は常勤顧問として採用された者を除いていずれも若く、最高年齢者で制作部長として採用されたものでも四三歳であり、同月末の被告の従業員の平均年齢四九・二歳を大きく下回っている。また、被告の業務の中心部分である報道、技術及びアナウンサーには、日本テレビ及び読売新聞社からの出向者が入社した。

さらに、被告は、従業員に対する労働条件の改善と定年延長にも積極的に取り組み、平成六年四月一日から五七歳定年制、平成七年四月一日からは六〇歳定年制を実現した。

このような人員増加を初めとする積極的な経営が可能となったのは、被告が日本テレビグループの関係会社として社会的信用を高めたためである。

(三) 原告らは、被告が、五五歳の定年退職後の従業員を参与として採用するについて、組合員、非組合員の差別を行い、不当労働行為を行ったと主張するが、そのような事実はない。被告が、参与制度を実施したのは昭和六二年四月から平成七年三月末までの間であるが、被告が、平成六年以降新規採用及び出向受入れを実施し、定年の延長も行ったことから、参与を置く必要がなくなったため廃止し、そのとき参与で採用されていたものは、契約期間満了に伴って全員退職した。

また、右期間中、合計三六名の従業員が定年により退職したが、そのうち参与として採用されたものは、森軍蔵、松下孝雄、中村信介、森山親弘、久保正昭、上田豊作及び小林悳良の七名のみ(そのほか、被告の関係会社を定年により退職した大谷亘が被告に参与として採用された例がある。)で、いずれも退職時部長以上の地位にあったもので、被告の重要な職務を担当する管理職の後任を社内外から得ることが困難なため、参与として採用することが必要であったものである。このように参与の採用は業務の必要性に基づいて行うものであるため、参与として採用された者も、業務終了に伴い、最短の者は一年で退職している。

被告が原告らを参与として採用しなかったのは、原告らの担当業務につき、原告らを参与として採用する業務上の必要性がなかったためである。定年制度の目的の一つとして、従業員の新旧交代を促すことがあるが、他の従業員、特に若手の従業員をして代替可能な業務について、あえて定年退職者を参与として採用して業務を継続させる理由はない。

4 結論

以上のとおり、原告らが本件五五歳定年制が公序良俗等違反であるとして挙げるものは、いずれも根拠を欠く理由のないものであって、本件五五歳定年制は、公序良俗違反等になるものではない。しかも原告らは、退職に当たって被告から退職金を受領し、離職手続を行っているのであって、かかる行為は、本件退職が有効であることを自認するものにほかならない。

したがって、原告らの定年退職は有効である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る訴えの利益の有無)について

原告らは、それぞれ六〇歳に達する日まで労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を請求している。

ところで、原告らは既に六〇歳に達しているので、右確認請求は過去の法律関係の確認を求めるものにほかならないが、過去の法律関係であっても、確認の利益がある限り、確認の対象適格を認めるべきものと解される。しかし、本件において、原告らは、本件五五歳定年制が違法・無効であることを理由に、六〇歳まで雇用関係が有効に存在したことを前提として、端的に六〇歳に達するまでの賃金及び一時金の支払請求をすれば足りるのであるから、その主張のような確認請求をしなければならない法律上の利益(確認の利益)を認めることはできないものというべきである。

この点につき、原告らは、六〇歳に達するまでの間労働契約上の権利を有する地位にあることが確認されなければ、原告らについては五五歳で退職したものとして厚生年金支給額を定められ、六〇歳まで雇用が継続していた場合と比較して低額の年金支給額にとどまる不利益を被ることになる旨主張する。しかし、原告らが被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることが判決によって確定されたからといって、厚生年金保険の管掌主体である国(厚生年金保険法二条参照)に対して、右判決が何らかの法的効力を及ぼし得るというものではないから、原告らの右主張は採用することができない。

二  争点2(本件五五歳定年制と解雇との関係)について

原告は、本件五五歳定年制をもって、労働者の解雇事由を定めたものである旨主張する。しかし、被告の就業規則は、六六条において、社員(従業員)は「(1) 死亡したとき」、「(2) 自己の都合により退職を願い出て受理されたとき」及び「(3) 定年に達したとき」退職する旨、退職事由を定め、六七条一項において九項目の解雇事由を定め、六八条において解雇制限を定め、六九条において定年年齢及び定年退職の場合の退職予告につき定めており、以上のような被告の就業規則の規定相互の関係及び規定内容を見ると、雇用関係終了事由としての定年退職と解雇とは、就業規則上一義的明確に区別されていることを認めることができる。これに加え、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告において、従前から、従業員が就業規則所定の定年に到達したときには一律かつ当然に退職するものとして取り扱われてきたことが認められることを併せ考えると、本件五五歳定年制は、五五歳の到達により被告又は従業員のいずれからの特段の意思表示を要することもなく、当然に雇用契約が終了することを内容とする雇用関係の終了事由を定めたものと解することができる。これと異なる原告の前記主張は、独自の見解であって、採用することができない。

三  争点3(本件五五歳定年制の適法性の有無)について

1  証拠(<証拠・人証略>、原告山崎稔子本人、同加勢ナナ子本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 高年齢者雇用安定法制定の経緯等

(1) 昭和五九年の総務庁長官官房老人対策室による高齢者問題の現状と施策に関する調査報告によれば、我が国における六五歳以上の老年人口は、昭和五九年九月一五日現在一一九四万人であり、総人口一億二〇二一万人に対して九・九パーセントであるが、諸外国と比較した我が国の人口高齢化の特徴は、諸外国に例を見ない程度にその速度が極めて速いこと及び人口高齢化の程度が極めて高いことであり、人口高齢化が我が国の社会経済に及ぼす影響は極めて大きなものとなることが予想された。

そして、急激な人口高齢化の進行に伴い、労働力人口も高齢化してきており、このような労働力人口の高齢化に伴い、今後雇用機会を求める高齢者が増加する一方、企業が求める若年労働力が減少することから、労働力の需要と供給の間にずれが生じる可能性があり、定年延長を初めとする雇用機会の確保と高齢者の働く場の確保を図ることが重要になってきている旨指摘された。

(2) 労働大臣は、昭和五四年六月二五日、雇用審議会に対し、高年齢者の雇用の安定を図るため、定年延長の実効ある推進策について、立法化問題をも含めて意見を求め、同審議会は、昭和五六年一月一九日、右諮問に対する答申を提出したが、そこでは、定年延長は高齢化社会の進展の下で実現すべき社会的要請であるという基本認識は労使共通のものとしてコンセンサスが得られているので、政府としては、定年延長促進のための施策として、定年延長についての行政指導及び定年延長についての情報提供の強化、高年齢者のための職場改善に対する援助等の施策を講ずる必要があるとされた。

(3) 政府は、昭和五八年一〇月一四日、第五次雇用対策基本計画として、「今後の雇用の展望と雇用対策の方向」を閣議決定したが、そこでは、一九八〇年代を対象として今後に予想される急速な高齢化、産業構造の転換に的確に対応するため労働力需給のミスマッチの解消を図り、質量両面にわたる完全雇用の達成と活力ある経済社会の形成を目指すことを課題とすることとされた。

(4) 政府は、昭和六〇年一〇月、雇用審議会から定年延長の立法化問題についての答申(労働大臣の前記(2)の諮問に対するもの)の提出を受けるとともに、中央職業安定審議会から今後の高年齢者の雇用・就業対策の充実強化について建議を受けたことを踏まえ、中高年齢者等の雇用に関する特別措置法の改正案を国会に提出した。これにより、昭和六一年四月、同法の改正(同年法律第四三号)として高年齢者雇用安定法が成立し、同法四条に置かれることになった「事業主は、その雇用する労働者の定年・・・の定めをする場合には、当該定年が六十歳を下回らないように努めるものとする。」旨の、四条の二第一項に置かれることになった「労働大臣は、六十歳を下回る定年を定めている事業主であつて、政令で定める基準に従い、六十歳を下回る定年を定めることについて特段の事情がないものと認めるものに対し、当該定年を六十歳以上に引き上げるように要請することができる。」旨の、四条の三第一項ないし第四項に置かれることになった「<1> 労働大臣は、前条第一項の規定による要請をした後において当該要請に係る定年の引上げの促進を図る上で必要があると認めるときは、当該要請に係る事業主に対し、労働省令で定めるところにより、当該定年の引上げに関する計画の作成を命ずることができる。<2> 事業主は、前項の計画を作成したときは、労働省令で定めるところにより、労働大臣に提出しなければならない。これを変更したときも、同様とする。<3> 労働大臣は、第一項の計画が著しく不適当であると認めるときは、当該計画を作成した事業主に対し、その変更を勧告することができる。<4> 労働大臣は、特に必要があると認めるときは、第一(ママ)項の計画を作成した事業主に対し、その適正な実施に関して必要な勧告をすることができる。」旨の各規定が同年一〇月一日から施行された。

なお、右四条の二第一項の政令で定める基準については、同法施行令一条において、「第四条の二第一項の政令で定める基準は、六十歳を下回る定年を定めている事業主が次の各号のいずれにも該当しないこととする。一 労働大臣の定める一定の期間において、連続して経常損益の計算上損失を生じており、かつ、新たに労働者を雇い入れていないことその他その事業活動に著しい支障を生じていることにより定年を六十歳以上に引き上げることが困難であると認められること。二 当該事業主の雇用する労働者のうちに法第二条第一項に規定する高年齢者が従事することが困難であると認められる業務に従事している労働者が占める割合が相当程度の割合であることにより、定年を六十歳以上に引き上げることが困難であると認められること。」である旨定められた。

(5) 雇用審議会は、平成元年一〇月二四日、労働大臣から、最近における労働力人口の高齢化の進展にかんがみ、高年齢者の雇用の安定を図るため、六五歳に達するまでの間の雇用機会を確保する対策について、法的整備の在り方をも含めて意見を求めるとの諮問を受け、平成二年三月一日、答申を提出した。

右答申に基づき、政府は、中央職業安定審議会への諮問・答申を経て、高年齢者雇用安定法の改正案を国会に提出し、同改正法は、同年六月成立し(同年法律第六〇号)、同年一〇月一日施行された。労働大臣は、同改正法二条の五第一項において、「労働大臣は、高齢者等の職業の安定に関する施策の基本となるべき方針を策定するものとする。」旨定められたことを受け、同年一二月一二日、次のとおりの内容の「高年齢者等職業安定対策基本方針」を策定した。

ア 高年齢者の就業状況として、平成元年における五五歳以上の高年齢者の人口は二八三〇万人、そのうち労働力人口は一二三六万人であり、その内訳を見ると、就業者一二〇四万人、完全失業者三一万人であり、高年齢者をめぐる雇用失業状況は、好景気に伴って、全体の雇用失業情勢が大幅に改善しているにもかかわらず、高年齢者、特に六〇歳台前半層の雇用失業情勢は厳しい状況にある。

イ 六〇歳定年の実施状況は、一律定年制を定めている企業のうち定年年齢が六〇歳以上の企業の割合は、昭和六〇年には五五・四パーセントであったが、平成二年には六三・九パーセントとなっており、企業規模別では、五〇〇〇人以上規模九〇・六パーセント、一〇〇〇人ないし四九九九人規模八四・四パーセント、三〇〇人ないし九九九人規模六九・三パーセント、一〇〇人ないし二九九人規模六九・四パーセント、三〇人ないし九九人規模六〇・六パーセントとなっていて、おおむね企業規模に比例して六〇歳定年が普及している結果となっている。

ウ 本格的な高齢化社会において、高年齢者の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済社会の活力と維持するためには、六〇歳台前半層の高年齢者の雇用機会を確保することが必要不可欠であり、これを目標とする。今後、六五歳までの継続雇用の推進により六〇歳台前半層の高年齢者の雇用機会の増大を図っていくためには、その基盤となる六〇歳定年の完全定着が必要である。このような点にかんがみ、平成五年度までに六〇歳定年の完全定着を図る。このため、高年齢者雇用安定法に定められた行政措置を講ずることにより、六〇歳定年末(ママ)達成の企業に対する指導を強力に実施する。

また、六〇歳定年を基盤として、六五歳まで勤務延長、再雇用等により継続雇用が行われることを促進するため、適正な賃金・人事管理の在り方等条件整備に必要な相談・援助を推進するとともに、高年齢者雇用に関する各種助成金の効果的な活用を図り、六五歳まで雇用機会を確保する制度の導入を促進する。

(6) さらに高年齢者雇用安定法四条は、平成六年六月、「事業主がその雇用する労働者の定年・・・の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない。ただし、当該事業主が雇用する労働者のうち、高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りでない。」と改正されたが(同年法律第三四号)、右規定は、その後約三年一〇か月を経て平成一〇年四月一日施行された。

(二) 企業規模別による定年制の実態

労働省の「平成四年雇用管理調査結果の概要」及び「平成五年雇用管理調査結果の概要」によれば、平成四年及び平成五年における主要九大産業に属する民営企業を対象とする定年制に関する調査結果は、次のとおりであった。

(1) 定年制を定める企業の割合は、調査産業合計中、平成四年が九二・二パーセント、平成五年が八八・二パーセント、うち一律定年制を定めている企業の割合は、平成四年が九五・六パーセント、平成五年が九六・三パーセントである。定年制を定める企業のうちで、六〇歳以上定年制は、平成四年が七六・六パーセント、平成五年が八〇・〇パーセントであり、五六歳ないし五九歳定年制は平成四年が一一・七パーセント、平成五年が一〇・三パーセントであり、五五歳以下定年制は平成四年が一一・七パーセント、平成五年が九・七パーセントである。

(2) また、企業規模別でみると、被告(後記(四)(3)後段参照)と同程度の、従業員数三〇人から九九人規模の会社における割合は、一律定年制を定める企業のうち、六〇歳以上定年制は、平成四年が七二・九パーセント、平成五年が七五・八パーセント、五六歳ないし五九歳定年制は、平成四年が一三・〇パーセント、平成五年が一二・一パーセント、五五歳以下定年制は平成四年が一四・一パーセント、平成五年が一二・一パーセントである。

(三) 放送業界における定年制の実態

民放連の調査結果によれば、民放連加盟放送会社における定年制の状況は以下のとおりである。

(1) 民放連の加盟会社の平成四年一二月現在の定年制の状況は、調査に回答した一七二社中、六〇歳以上定年制は一三四社(七七・九パーセント。ただし、段階的に定年延長中の会社を含む。)、五五歳以下定年制は二〇社(一一・六パーセント。ただし、職種又は資格・役職別定年制の瀬戸内海放送の従業員を除く。)、五六歳ないし五九歳定年制は一七社(九・九パーセント)である。

(2) 同じく民放連加盟会社の平成五年一二月現在の定年制の状況は、調査に回答した一七五社中、六〇歳以上定年制が一四四社(八二・三パーセント、ただし、段階的に定年延長中の会社を含む。)と最も多く、次いで五五歳以下定年制が一七社(九・七パーセント)、五六歳ないし五九歳定年制が一四社(八・〇パーセント)である。

(原告は民放労連の調査結果についても主張しているが、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、民放労連の調査よりも民放連の調査の方がより広い調査対象をカバーしていることが認められるから、本件においては、民放連の調査結果によって放送業界における定年制の実態を認定することとする。このほか、原告は、労働者数で見た放送業界における五五歳定年制の割合についても主張し、右主張に沿う(証拠略)を提出するが、右定年制の適法性の有無を判断するに当たっては、前記(1)、(2)の検討に加えてその主張の点を特にしんしゃくすべき理由は見当たらないものというべきである。)

(四) 被告の経営状況等

(1) ラジオ放送会社である被告の収入は、電波収入、制作収入、ネット補償(ママ)収入、番組販売収入、コマーシャル制作収入であるが、被告の売上げに占める割合は、電波収入が七四ないし七五パーセント、制作収入が一五パーセント強、ネット保証(ママ)収入が七パーセント強、番組販売収入が三パーセント、コマーシャル制作収入が〇・三ないし〇・四パーセント程度となっている。

被告の電波出力は五〇キロワットであり、TBS、文化放送及び日本放送の在京民間中波ラジオ局が出力一〇〇キロワットであるのに比して出力が小さく、このため電波の届くエリアが狭く、関東一都六県と静岡、山梨の一部までであり、広告料単価が在京民放局より安い状況である。また、中波ラジオ放送局はエフエム放送局に比して聴取可能エリアは若干広いが、音質においては劣るとされている。

(2) 被告では、昭和六〇年夏からの円高不況及び同年一二月二〇日の横浜エフエムの開局による影響を受け、<1> 第三九期決算期(昭和六〇年四月一日から同六一年三月三一日まで)には営業収益が四五億三一一四万七一七八円と前期に比して約五億円の落ち込みとなり、一億七〇九一万九〇七一円の経常損失、一億八四七一万八三八九円の当期損失、一億六一六五万二一五二円の繰越損失を計上し、<2> 第四〇期決算期(昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日まで)には、営業収益が四二億八五八八万六一三四円となり、一億三二〇七万八八九一円の経常利益を生じたが、なお九三六八万四六一三円の当期損失を生じ、一億六一六五万二一五二円の前期繰越損失を加え、二億五五三三万六七六五円の当期繰越損失を計上し、<3> 第四一期決算期(昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日まで)には、七二八一万三五八五円の当期利益を生じたものの、二億五五三三万六七六五円の前期繰越損失があったため、一億八二五二万三一八〇円の当期繰越損失を計上した。

(3) 被告は、右のとおり、第三九期決算期から第四一期決算期まで連続して繰越損失を計上したこと及び有力な競争相手となる横浜エフエムの開局に危機感を抱き、人員削減を中心とする経営再建策を推し進めることとし、昭和六一年六月二〇日付け及び同年一二月一五日付けで希望退職者を募集し、また、同日付けで子会社のラジオ日本制作の設立を発表するとともに、同日付けで、同社のほか、いずれも被告の子会社であるアール・エフ・ラジオ日本音楽出版及びアール・エフ・ラジオ日本サービスへの転籍希望者を募集した。被告は、その後も数次にわたって、希望退職や右子会社への転籍希望者を募集するとともに、希望退職者及び転籍希望者について退職金の優遇措置を講じた。なお、被告は、昭和五九年以降平成六年二月まで従業員の新規採用を原則として行わず、この間、自己都合退職したスポーツ・アナウンサーの補充として昭和同(ママ)六一年一名を新規採用したのみであった。

以上のような人員削減努力により、被告の従業員数は、昭和六一年三月には一六〇人であったのが、昭和六二年三月一一八名、昭和六三年三月九九名、平成元年三月九一名、平成二年三月七六名、平成三年三月五五名、平成四年三月四五名、平成五年三月三六名と減少してきた。

(4) 被告では、右人員削減策及び番組制作・イベント開催等の子会社ないし関連会社への外注化等の経営努力により、また昭和六二年以降景気が回復したこともあり、第四二期決算期(昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日まで)には繰越損失を解消し、一四一一万五二六七円の当期未処分利益を計上することができた。

(5) 定年引上げの指導状況

ア 昭和六二年一月二〇日、芝園橋公共職業安定所長(以下、芝園橋公共職業安定所を「安定所」といい、右所長を「安定所長」という。)は、被告に対し、高年齢者雇用安定法四条の二に基づく定年引上げの要請を行い、これに対し、被告は、昭和六三年四月四日「定年の引上げに関する報告書」を提出した。

被告は、右報告書において、定年年齢を引き上げる予定がない旨述べ、その理由として、「当社は、昭和六〇年度、六一年度と二年連続して赤字決算となり、六一年度末で、累積赤字が二億五五〇〇万円に達したため、現在再建計画を実施中である。再建計画としては、昭和六〇年七月より、三次にわたって希望退職者を募集し、さらに制作部門の別会社化等により約六〇名に及ぶ人員を削減し、その他業務の効率化等を図った結果、昭和六二年度は若干の黒字決算となる見込みであるが、累積赤字を解消するまでに至っていない。電波業界の多局化等によって、中波ラジオ局の経営環境はますます厳しくなることが予想され、今後においてもなお一層の人員の削減を初めとするその他の省力化、合理化は避けられない見通しである。以上のような事情であるので、定年の引上げについては、累積赤字が解消され、経営基盤が安定した時点で、改めて実施の可否を検討したい。」旨説明した。

イ 平成元年五月八日、安定所の雇用指導官二名が被告を訪れ、定年制の延長について計画の進捗状況等の聴取を行った。その際、被告の担当者は、<1> 連続二年の赤字決算が続いたこと、<2> 従業員の新規採用は昭和六一年以降行っていないこと、<3> 同年以来数回にわたって希望退職を募集したこと、<4> 中波ラジオそのものが多局化のなかで構造不況業種になっていること等を説明し、定年延長は無理であるというのが被告の方針である旨述べた。その際、被告は、重ねて、高年齢者雇用安定法の適用除外とされたい旨の申し出を行った。

ウ その後、被告は、平成二年六月一日ころ、安定所に「高年齢者雇用状況報告書」を提出したが、右書面には、定年の引上げは予定しているが、未だ決定までに至っていない旨の記載をした。これに対し、安定所長は、同年一一月二二日付けで、被告に対し、同年度末までに高年齢者雇用安定法四条の三に基づく「定年引上げ計画の作成命令」を発する予定である旨述べるとともに、被告の現在の定年延長の取組み状況を把握するため、「定年延長取組み状況報告書」を持参の上、安定所に来所するよう求める書面を送付した。

エ これに対し、被告は、平成三年一月三一日付けの「定年延長取組み状況報告書」を作成して安定所長に提出したが、右書面には、被告が定年を延長できない理由として、「1 中波ラジオ業界は、エフエム多局化や衛星を使用したニュー・メディアの登場等、競争の激化と技術革新によって、その経営環境は極めて厳しく、構造不況ともいうべき状況下にあります。2 このような状況下にあって、当社は、昭和六〇年度、六一年度の二年連続して経常損失を計上、累積赤字は二億五五〇〇万余円に達しました。このため、昭和六一年春から再建合理化に着手し、同年七月、一二月、昭和六二年七月の合計三回に「希望退職」を実施するとともに、同年四月には番組制作部門の別会社化を、また平成二年四月からはスポーツ番組制作部門の別会社化を実施、この間、嘱託社員の再契約の中止や、関連会社への転籍希望者の募集などの諸施策を実施してきました。この結果、再建合理化に着手する直前、昭和六一年三月時点で一六〇名を数えた従業員数は、平成二年四月一日時点で六六名に減ったのであります。この間、五五歳の定年に達し、若しくは定年直前に再就職のため退職した者は、合計二二名に上りました。しかしエフエム横浜、エフエムジャパン等、新設のエフエム新局が当社と同じ音声メディアで二四時間放送でありながら、いずれも従業員数二〇ないし三〇人で当社の売上げを上回っている事実を見ても、当社の現有人員はまだ適正規模を超えており、未だ余剰人員を抱えているという現状であります。3 しかも当社は、昭和五九年以来、一般職員は全く採用していないのであります。また、上述のような状況から、新規採用は当面全くできないのであります。なお、昭和六一年度に採用した一名も専門職であるアナウンサーであり、これは昭和五八年度に専門職であるスポーツ・アナウンサー一名が自己都合退社したことから要員がひっ迫したためであります。4 一方、収支状況は、累積赤字は六二年度、六三年度の二年間で一応解消し、平成元年度の決算でようやく黒字となりました。しかし、これはたまたま持続した好景気と、上述のような経営合理化の努力によるものであり、いったん不況に見舞われれば、たちまちにして赤字に転落するのは必至であります。5 以上のような次第で、当社としては現在の五五歳定年を延長できる状態にはないのであります。労働市場の自由化が遅れ、雇用関係が硬直化している我が国の現状から見て、余剰人員を更に増やすような定年の延長を実施した場合、いったん不況が到来した際に従業員全員に影響を及ぼすような整理解雇等の事態も予想されます。(ちなみに、社員一人当たりの人件費負担は、五五歳では年間平均約一三〇〇万円に達する。)なお、最後に、社員は全員五五歳定年制を定めた就業規則の遵守を雇用契約の一部として入社したものであることを付言します。」旨の記載をした。

オ その後、安定所長が、被告に対し、高年齢者雇用安定法四条の三に基づく計画作成命令を発したことはなかった。

(6) 昭和六三年から平成二年ころまでのいわゆるバブル景気により広告収入が伸び、被告の前記合理化策による経費削減もあいまって、被告の経営状況は、第四三期決算期(平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで)ないし第四五期決算期(平成三年四月一日から平成四年三月三一日まで)の三期にわたって営業収益が伸び、経常利益を計上することができる状態となった。

しかし、その後、平成三年以降のバブル経済崩壊後の不況の長期化により、従前の好景気の時期に比し企業の広告費削減が厳しく行われたため、被告の第四六期決算(平成四年四月一日から平成五年三月三一日まで)は、営業収益が、前期に比べて、減収額七億四〇〇〇万円(約一四パーセント)という創業以来の大幅な落ち込みとなった。

(7) 被告は、平成五年一二月二一日開催した取締役会で、遠山元会長を代表取綺(ママ)役会長から解任し、非常勤取締役とする件及び遠山元会長と同人の妻名義の被告会社株式合計三〇万一一五〇株の日本テレビグループへの株式譲渡の承認の件が決議された。

このように遠山元会長と同人の妻名義の株式が日本テレビグループに譲渡されたことにより、被告の発行済み株式総数のうち、遠山元会長及び同人の妻名義の株式が合計二七万六六七一株(発行済み株式総数中二七・六七パーセント)にとどまることとなり、これに対し日本テレビグループが合計三一万一一五〇株(同三一・一二パーセント)を保有する最大の株主となった。これにより、被告は、日本テレビグループ系列の放送局として位置づけられることとなった。

平成六年六月二九日、第四七回株主総会が開催され、被告の取締役最高顧問に氏家齊一郎日本テレビ代表取締役社長が、被告会社代表取締役社長に外山四郎日本テレビ取締役がそれぞれ選任された。

(8) 被告は、日本テレビグループとの関係が強まった後、平成六年三月から中途採用を中心とした従業員の新規雇用を行うこととし、また、日本テレビ及び読売新聞社からの出向者の受入れを開始した。被告が、同年三月以降採用した従業員の年齢は、常勤顧問として採用された者を除き、最高年齢者で四三歳であり、同月末の被告の従業員の平均年齢四九・二歳を大きく下回っている。

(9) 被告は、遠山元会長の解任手続後、同人及び同人の米国における個人会社であるファーモント・コーポレーションに対する貸付金の返済を求める法的手続に着手し、平成六年春、遠山元会長に対し、約二七億円の貸金の返還訴訟を提起したが、同年一一月、遠山元会長及び同人の妻名義の被告の株式二七万六六七一株を代物弁済に充てる旨の和解が成立した。

(10) 被告は、本件五五歳定年制を定める就業規則六九条を改正し、平成六年四月一日定年を五七歳に引き上げ、平成七年四月一日これを六〇歳に引き上げた。なお、被告が定年年齢を六〇歳に引き上げた第四九期決算期(平成七年四月一日から同八年三月三一日まで)には、五億三八七一万九〇〇〇円の経常損失を計上した。

(五) 被告における参与制度の運用

(1) 被告は、昭和六二年三月二五日、職制規程を改正し、同規程九条二項に「職員のほか業務上必要あるときは参与、嘱託又は臨時雇を置く。」旨、一四条に「参与は、上長の指揮を受け命令された一般業務又は特定業務に従事する。」旨定めることによって参与制度を新設し、定年退職後の従業員を参与として再雇用することができるようにした。しかし、その後、被告は、平成六年以降新規採用及び出向受入れを実施し、また、平成七年四月一日から六〇歳定年制を実施したことから、同年三月三一日をもって参与制度を廃止した。

(2) 昭和六二年四月以降平成七年三月までの間に被告の従業員で定年により退職した者は三六名であったが、そのうち参与採用者は、森軍蔵(昭和六二年四月一四日定年退職、平成元年一二月三一日参与退職)、松下孝雄(平成元年四月一三日定年退職、平成七年三月三一日参与退職)、中村信介(平成元年八月三〇日定年退職、平成二年一〇月三一日参与退職)、森山親弘(平成三年一月一日定年退職、平成四年六月二九日参与退職)、久保正昭(平成三年一月一二日定年退職、平成七年三月三一日参与退職)、上田豊作(平成四年四月四日定年退職、平成七年三月三一日参与退職)及び小林悳良(平成五年一二月一〇日定年退職、平成七年三月三一日参与退職)の七名であった。なお、大谷亘は、平成二年四月一七日ラジオ日本制作を定年退職したが、翌一八日被告の参与として雇用され、平成七年三月三一日退職した。右八名の退職時の役職は、森が経理部長、松下が横浜報道部長、中村が小田原放送局担当部長、森山が編集制作局長、久保が技術部長、上田が総務局付部長(コンピューター業務担当)、小林が横浜営業部長及び大谷が編集部長であった。

ラジオ日本労組の組合員で昭和六二年四月以降平成七年三月までの間に退職した者は全員参与に採用されずに退職したが、平成五年二月二〇日定年退職した組合員の樋口忠正に対しては、被告は、同人に競馬・競輪のアナウンサーとして業務を遂行させる必要性を認め、参与としての雇用契約の申込みをした。これに対し、同人はフリー・アナウンサーとなることを希望し、被告との間に出演契約を締結して、競馬・競輪番組を担当することとなった。

(六) 原告らの在職中の勤務状況

(1) 原告山崎は、被告に昭和三五年被告に入社以来、横浜本社においてアナウンサーとしての業務に従事し、昭和三九年東京支社勤務となり、ディスクジョッキーの草分け的な番組を担当するなどした後、昭和四二年六月から音楽番組につながりのあるレコード室の勤務となった。その後、同原告は、昭和四八年横浜本社営業部に配転になり、コマーシャルに関する業務等スポンサー関連の業務を担当し、その後も横浜支社及び東京支社において、スポンサー関連業務、売上げ・経費の管理及び営業部デスクとしての業務等を担当した。

(2) 原告加勢は、昭和三六年アナウンサーとして入社した当初から、主として音楽番組及びニュース番組を横浜本社で担当し、その後も横浜本社及び東京支社でもアナウンサー業務及び取材等を担当した。昭和五四年七月、原告加勢は、キーパンチャー業務への配転命令を受けたことから、東京地方裁判所に地位保全の仮処分命令を申請し、右仮処分命令の発令を受けた。昭和五六年一月、被告は原告加勢を制作部アナウンサー業務に再配転し、その後、原告加勢は、アナウンサー業務を担当するとともに、ワイド番組のディレクターを勤(ママ)める等し、平成四年六月から、従来の業務に加えて「横浜市政記者クラブ」、「横浜経済記者クラブ」を担当し、取材及びニュース原稿のまとめ等の業務を行った。

2(一)  原告らは、本件五五歳定年制は、憲法二七条一項、一四条一項の各規定に違反し、公序良俗に違反する旨主張する。

憲法第三章の人権規定は、国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではないが、私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害又はそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し、基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図るべきであると考えられる(最高裁昭和四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。

(二)  そこで、以上のような見地に立って、本件五五歳定年制の違法をいう原告らの主張を検討すると、前記1に認定したところよ(ママ)れば、本件については、およそ次のような事情を認めることができる。

(1) 我が国における高齢化社会の急速な進展に伴い、昭和五四年ころから、高年齢者の雇用の安定を図るための施策として定年延長の促進が採り上げられるようになったが、昭和六一年一〇月には、事業主が定年の定めをする場合における六〇歳を下回らないように努めるべき義務や労働大臣が政令で定める基準に従い六〇歳を下回る定年を定めることについて特段の事情がないと認める事業主に対して定年を六〇歳に引き上げるよう要請することができる権限等を定めた高年齢者雇用安定法の改正規定が施行された。さらに、平成二年一〇月には、高年齢者等の職業の安定に関する施策の基本となるべき方針を労働大臣において策定すべきものとされた同法の改正規定が施行されたことに伴い、同年一二月「高年齢者等職業安定対策基本方針」が労働大臣によって策定され、同方針において、平成五年までに六〇歳定年の完全定着を図り、六〇歳定年未達成の企業に対する指導を強力に実施することとされた。

このように、六〇歳定年制の促進に向けての政府の姿勢そのものは、一貫して明確なものであったといえるが、昭和六一年一〇月成立の高年齢者雇用安定法の改正規定にいう、事業主が定年の定めをする場合における六〇歳を下回らないように努めるべき義務は、それ自体としては、あくまで、事業主の努力義務を定めたものにとどまることが文言上明らかであって、同法が、定年の定めをする場合には六〇歳を下回ることができない旨の、六〇歳定年制に関する強行的規定を置くに至ったのは(四条の改正)、ようやく平成六年六月のことであり、その施行は、さらに約三年一〇月を経た後の、平成一〇年四月まで待たなければならなかったものである。

(2) 六〇歳以上定年制は、被告と同程度の、従業員三〇人から九九人規模の一般企業において、平成四年及び五年当時、七三パーセント(平成四年)ないし七六パーセント(平成五年)程度あり、放送業界においても、平成四年一二月及び五年一二月当時、七八パーセント(平成四年一二月)ないし八二パーセント(平成五年一二月)程度あったが、五五歳以下定年制も、一般企業において、一四パーセント(平成四年)ないし一二パーセント(平成五年)程度、放送業界において、一二パーセント(平成四年一二月)ないし一〇パーセント(平成五年一二月)程度あって、確実に減少傾向にあるとはいえ、まだ、無視できない程度の数の企業が五五歳以下定年制の下にとどまっていた。

(3) 安定所長は、昭和六二年一月以降、被告に対し、高年齢者雇用安定法四条の二に基づく定年の引上げ要請を行うなどし、平成二年一一月には、同年末までに同法四条の三に基づく定年引上げ計画の作成命令を発することとなる旨の通知をしたものの、その後右計画作成命令が発せられることはなかった。

(4) 被告においては、昭和六〇年から昭和六三年にかけて連続して繰越損失を計上したため、人員削減を中心とする経営再建策を実施し、その間に到来したバブル景気の影響もあって、ある程度の経常利益を計上できるまでに経営状態が回復したが、平成三年以降のバブル経済崩壊後の不況の長期化のあおりを受けて再び業績が悪化し、原告らの五五歳到達時である平成四、五年当時は、創業以来の大幅な営業利益の落込みに見舞われるに至った。

その後、平成五年末から平成六年にかけて、経営陣の交替等が行われ、この結果、被告は、日本テレビグループとの関係を強め、同年三月から、それまで長期間にわたってほぼ全面的に途絶えていた従業員の新規採用を再開するようになった。また、定年年齢についても、就業規則六九条を改正し、定年を、平成六年四月五七歳に、平成七年四月六〇歳に、それぞれ引き上げた。

(三)  以上の事情を総合考慮すれば、原告らの五五歳到達時である平成四年及び五年の時点においては、六〇歳定年制が既に放送業界を含む産業社会で主流となっていて、被告が本件五五歳定年制の改正を行っていなかったことは高年齢者雇用安定法上の努力義務を怠ったものであるとの指摘を免れないとしても、本件五五成(ママ)定年制をとらえて、公序良俗に反する違法・無効なものであるとか、原告主張の憲法の各規定の趣旨に反するものであるとかの評価を与えることは、いまだ困難であるといわざるを得ない。

なお、原告らは本件五五歳定年制が公序良俗に反する違法・無効なものといえるかどうかは、原告らの五五歳到達時のみでなく、原告らの五六歳から五九歳到達時までの各時点において、それぞれ検討すべきである旨主張するが、本件は、原告らが五五歳に達した時点において本件五五歳定年制の適用により雇用関係が終了したとされたものにつき、本件五五歳定年制が違法・無効であったから雇用関係終了の効果が生じないとして争われているのであるから、原告らが五五歳に達した時点における本件五五歳定年制の適法性の有無のみが問題となることは明らかである。

また、原告らは、被告が参与制度を恣意的に運用していた旨述べ、これを本件五五歳定年制の違法性を示す事実の一つとして位置づける主張をしているが、前記1(五)の事実によれば、被告は、定年退職時に被告の主要ポストに就いていた代替性の少ない從業員についてのみ、引き続き業務を行わせる必要から参与として採用していたものと認めることができるから、この点において原告らの主張は失当であって、採用することはできない。

さらに、原告らは、被告の経営を困難にしていたのは被告の遠山元会長らに対する貸付金の存在であるから、被告は経営上の困難を理由に定年引上げの延長を正当化することはできないとも主張するが、被告の遠山元会長らに対する貸付が原因で六〇歳定年制が実施されなかったものであるとの因果関係を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張もまた採用することはできない。

(四)  以上の次第であるから、本件五五歳定年制が違法・無効である旨の原告らの主張は理由がない。

四  争点4(原告らの賃金等請求権の存否)及び同5(原告らの損害賠償請求権の存否)について

これらに関する原告らの主張は、本件五五歳定年制が違法であることを前提とするものであるところ、前記三に判示のとおり、本件五五歳定年制を違法とすることはできないものであるから、原告らの右主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がないこととなる。

第四結論

よって、原告らの被告に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る訴えは不適法であるからいずれも却下し、その余の原告らの請求は理由がないからいずれも棄却する。

(裁判長裁判官 福岡右武 裁判官 矢尾和子 裁判官西理香は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 福岡右武)

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